米国仏教学者の声

はじめに


 アメリカの浄土真宗研究の第一人者M・ロジャース教授は、蓮如上人の研究を20年以上続けた後、縁あって高森顕徹先生の講演に参加しました。感想を、こう語っています。

「もっと親鸞会のことが知りたいです。ここには、教えに統一された純粋なものを感じます。親鸞会は蓮如上人の遺産と思います。私の論文の最後にぜひ取り上げたい」

 ロジャース教授の著書では、親鸞会について次のように言及されています。


 親鸞会会員は高森氏を、釈迦に始まり七高僧、親鸞・覚如・蓮如上人へ続く、仏法の教えの流れを継いだ良き師と仰いでいる。本願寺門主の世襲による権威は認めていない。
 高森氏の指導のもと、親鸞会は精力的にまた粘り強く本願寺に訴え、本当の親鸞の教えに戻るよう求めている。親鸞の教えは蓮如以降、本願寺が強大な宗教組織になるにつれ、歪められていったのだ。
 親鸞会の際だった特徴は、親鸞へ戻るといっても、蓮如を軽視したり無視したりしないことである。親鸞会における蓮如のイメージは、真宗の伝統的な信仰と極めて近く、蓮如の教えは祖師[訳注・親鸞聖人]と完全に一致することを大前提としている。親鸞会の勤行では常に、『御文章』の「聖人一流章」か「白骨の章」を読んでいる。

 Minor & Ann Rogers

RENNYO
THE SECOND FOUNDER OF SHIN BUDDHISM

英語原典

(Asian Humanities Press, 1991, p. 365)

 

Takamori is seen by members of the Shinrankai as the good teacher (zenchishiki) within a dharma-lineage beginning with Sakyamuni and continuing through the seven Pure Land masters to Shinran, Kakunyo, and Rennyo. The authority of other head priests in the Honganji hereditary lineage is not recognized. Under Takamori's leadership, the Shinrankai vigorously and persistently summons the Honganji to return to Shinran's true teaching, unsullied by what are perceived to be distortions that developed in the years following Rennyo when the Honganji became a privileged and powerful religious institution. A striking aspect of the Shinrankai is that, in espousing a return to Shinran, there is no effort to downgrade or bypass Rennyo. Indeed the organization's image of Rennyo is very close to that of traditional sectarian piety, taking for granted that his teaching is wholly continuous with that of the founder. The Shinrankai's liturgical practice regularly includes the reading of one of The Letters, either "On realizing faith," Shonin ichiryu no sho (5:5), or "On white bones," Hakkotsu no sho (5:16); see Jodo Shinshu Shinrankai, ed., Shoshin seiten (Takaoka: Shinrankai, 1988).

高森顕徹 公式サイト
更新履歴

2012.01.30ヤシの木の下で昼寝をすると、幸福になれるのか? 楽園にいたカロザース(光に向かって)

2012.01.30目先に一喜一憂しては、遠大な未来を見とおせない(光に向かって)

2011.11.22推薦状などにたよるな!なにものにも勝る紹介状を身につけよ!(光に向かって)

2011.11.22工夫とねばりが大切。何事も早く見切りをつけてはならない(光に向かって)

2011.10.17あとがき
(親鸞聖人の花びら)

2011.10.17はじめに
(親鸞聖人の花びら)

2011.09.30賢者は何人からも学びとる敵将の献策をもちいた韓信(光に向かって)

2011.09.30迷うことなく自分の道を進んでゆくということは、なかなかに難しい(光に向かって)

2011.08.03ニセモノのチャーチルを見わけよ 使命に忠実(光に向かって)

2011.08.03逃げ場がないから必死に戦う 数千の韓信軍、二十万を破る(光に向かって)

2011.06.21殿さまの命令に従わなかった船頭(光に向かって)

2011.06.21なぜ、子供が返事をしないのか 姿にかけた教育(光に向かって)

2011.04.28バカ…だなぁ、私は チエの回転(光に向かって)

2011.04.28二十四度殺された老婆 口は禍の門(光に向かって)

2011.03.31一番好きな人を生命がけで育ててくださったお母さんが、一番好きです(光に向かって)

2011.03.31さてこそ水は尽きたとみえる(光に向かって)

2011.02.24釈尊出世の本懐(白道燃ゆ)

2011.02.24「私も靴屋です」とビスマルク 貴賤を問わぬ温容(光に向かって)

2010.12.13みんな欲に殺される あんな広大な土地はいらなかったのだ(光に向かって)

2010.12.13ヤセがまんではすまなくなる~良妻と悪妻(光に向かって)

2010.11.5満点主義の秀才でなかったから、起死回生の勝利を生んだ(光に向かって)

2010.10.20本当の仕事ができる男 大王の権威もゴミかホコリ(光に向かって)

2010.09.18こうしてドン太は、大根まきができなかった 縁起かつぎ(光に向かって)

2010.09.08小にこだわり大を失う 牛をすられた農夫(光に向かって)

2010.09.08生命はやるが、金は渡さぬ 逃げる石川五右衛門(光に向かって)

2010.07.01ミッドウェーで優勢であった日本艦隊が、なぜ敗れたのか(光に向かって)

2010.06.22腹立ったときは、数をかぞえよ 焼け野原で、ひとり泣きたくなければ(光に向かって)

2010.06.22親鸞聖人の虚像と実像(白道燃ゆ)

2010.06.9自覚症状なき病人(白道燃ゆ)

2010.06.9智恵ある者に怒りなし。よし吹く風荒くとも、心の中に波たたず(光に向かって)

2010.05.25ああ、おれも子供に門番にさせられることがあるのか(光に向かって)

2010.04.02はじめに(歎異抄をひらく)

2010.02.15はじめに(なぜ生きる)

2010.02.01ハッキリするまで、求めぬけ(白道燃ゆ)

高森顕徹 公式サイト
関連リンク集