(76)だから青年白石は3千両を拒否した
   信念は未来を開拓する

光に向かって

世界一おいしいご馳走ができあがりました、と料理人は言った(光に向かって)

 徳川6代将軍・家宣に仕えて、敏腕をふるった政治家・新井白石が、まだ無名の一学徒であったときである。

 当時の碩学・木下順庵のもとで、昼夜勉学にいそしんでいたころ、友人に河村瑞賢という富豪の息子がいた。

 白石が貧困と戦いながら勉学に励んでいるのをきいた瑞賢は、白石の学才の優れていることを知り、将来を強く嘱望して、経済的援助を、息子を通して申しでた。

「あなたはよく貧困と戦って勉強していられるが、私の父も、深く同情しております。ついては父が、あなたに3千両を提供して、学資の一助にしてもらいたいと言っていますが、いかがでしょうか」

 白石は心から、その厚意を感謝してから、毅然として拒絶した。

「昔話にもあるように、小蛇のとき受けた、ほんの小さなきずが、大蛇となったときには、一尺あまりの大きずになっていたということがあります。
今、私が貧しさのあまり、ご厚意を受けて、3千両の金子をいただいたとしたら、それは今でこそ小さいことではありましょうが、後に思いもよらぬ、学者の大きずになるかもしれません。そうなればいかにも残念です。
それを思うと、いかに小さいきずでも、今は受けたくありません。この旨をお父上に、よろしく申し上げてくださるようお願いいたします」

 目前の金子などには目もくれない、大理想に生きていた青年学徒にしてはじめて、あれほどの大政治家になったのである。

 未来ある者は、すべからく白石のごとき信念をもって、どんな小さなきずも恐れて、広大の天地を開拓する基礎をかためてゆかねばならない。

 

高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)


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更新履歴

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2013.09.30世界一おいしいご馳走ができあがりました、と料理人は言った(光に向かって)

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