すべての人は平等である

白道燃ゆ

 阿難(釈尊の弟子)が、ある夏の暑い日、行乞より祇園精舎に帰る途中、余りにノドが渇いたので、樹の陰で一人の若い女が手桶に水を汲んでいるのを見て、一杯の水を求めた。

 阿難は美男で有名だった。
 釈尊在世中、遂に悟ることができなかったのは、余りにも女難が多かった為だと言われている。

 その阿難に言葉をかけられた娘は、赤面しながら小さな声で、
「私は卑しい素性の女です。貴方のような尊い身分の方に、あげとうてもあげられません」
と断った。

 当時のインドには、婆羅門、刹帝利、吠舎、首陀羅といわれる、厳として破ることのできない社会の階級があった。
 婆羅門(僧侶)と刹帝利(王族)は、殆ど同等の尊い身分とされていたが、吠舎はそれらに対して、婚姻は勿論、交際から職業までも禁じられていた。
 首陀羅に至っては、直接それらと言葉も交わされぬという、虫ケラ同然にみなされていた。

 今の娘は、その首陀羅であったのである。

 釈尊は、かかる四姓の鉄壁を打ち破って、総ての人々は平等である、と喝破せられた。

 阿難は、優しく娘を慰めて
人間は生まれながらに貴賤が定まっているのではない、仏の教えは一切の人々は、生まれながらに平等であり、自由だと教えられているのです。どうか遠慮なさらずに私に水を一杯布施して下さい」
と少女をはげましている。

「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」
 明治の先覚者の言葉に、当時の人々は驚いたが、釈尊は三千年の昔に、すでに「万人は平等なり」と叫ばれたということは、実に驚嘆すべき事実である。

 しかもかかる如来の教法を、身を以て実践なされた人こそ、真宗の祖師、親鸞聖人であった。

 あの階級対立の、きびしい封建社会にあって、全人類に向かって「御同朋、御同行よ」と愛の手をさしのべ、「親鸞は、弟子一人も持たず」と宣言なされている。
 剣を抜いて迫りくる弁円に対してさえも、立場を変えれば、この親鸞が他人を殺しにゆくのだと、底の知れない慈愛で諭されている。

 一視同仁の仏智を持たずして、言えることではない。

 戦後、特に自由平等が強調せられるようになったが、真の平等自由の天地は、阿弥陀仏に救われた大信心の世界にしか、絶対にないことを知らねばならぬ。

 「念仏者は無碍の一道なり
  そのいわれいかんとなれば
  信心の行者には
  天神地祇も敬伏し
  魔界外道も障碍することなし」 (歎異抄)

高森顕徹著 白道燃ゆより)

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