(49)なぜ、子供が返事をしないのか
   姿にかけた教育

光に向かって

 ある大学教授の、しみじみ語ったことである。

「私に5歳になる男の子がいる。半年ぐらい前までは、だれが呼んでも元気よく〝ハイ〟と返事をした。

 ところがどうしたことか。このごろ、とんとしなくなったのである。

 よく考えてみると原因が、どうも私自身にあったらしい。 

 仕事に忙殺されて、妻が呼んでも、つい黙って仕事を続けることが、たびたびあった。

 それを見ならって子供は、返事をしなくなったようである。

 そこで私は、なんとかこれを矯正せねばならぬと、いろいろ試みたが、さっぱり効果が現れない。

 最後にそして気がついた。私自身がまず、だれかから呼ばれたとき、はっきり返事をするのが一番と。

 するとどうだろう。いつとはなしに子供は〝ハイ〟と快活に答えるようになったではないか。ふたたびこうして、家の中に明るさを取りもどすことができたのである」

 何十年も前に大学を卒業し、せっせと働いてきた父親が、いまだにキュウキュウいっている。

 それなのに、なぜ、

「勉強しなさい勉強しなさい。ぜひ、大学に合格してちょうだい。
 それが両親の唯一の望みなんですからお願い。勉強してね。ベンキョオー」

などと、狂ったように言うのだろうか。

 子供には、さっぱりわからない。

 父で実験ずみのはずなのに、そのたよりない大学へ、苦しい思いをしてまで入学し、やっと卒業できたとしても、

〝働きづめに働いている父親以上の働きが、自分にできるとは思えない。生きてゆく能力が、自分にはないのではなかろうか〟

 親の姿に自信喪失し、不安と心配からビクビクソワソワ、ノイローゼになり、自殺したりもするのである。

 姿にかけてこそ、真の教育。

高森顕徹著 光に向かって 100の花束より)


光に向かって100の花束 もくじへ

 


高森顕徹 公式サイト
更新履歴

2015.01.08あわれむ心のないものは恵まれない~試された親切心(光に向かって)

2014.01.22すぐ100万円を持っていったのは、なぜか~恩知らずになりたくない(光に向かって)

2014.01.22殺して生かす ~相手を裏切り、ののしられ、迫害も覚悟しなければならぬこともある(光に向かって)

2013.11.25甚五郎のネズミはうまかった~技量と智恵(光に向かって)

2013.11.25だから青年白石は三千両を拒否した~信念は未来を開拓する(光に向かって)

2013.09.30世界一おいしいご馳走ができあがりました、と料理人は言った(光に向かって)

2013.09.30最初から負けていた~勝利のカギ(光に向かって)

2013.08.24大石内蔵助の13年間~先見と熟慮(光に向かって)

2013.08.24生活の乱れた学生の更生法~大学教授のたくみな指導(光に向かって)

2013.07.25下等の人間は舌を愛し、中等の人間は身を愛し、上等の人間は心を愛する(光に向かって)

2013.07.25牛糞を食わされた祈祷師(光に向かって)

2013.06.07笛を高く買いすぎてはいけない(光に向かって)

2012.10.04おまえはなぜ、3階を建てんのだ 本末を知らぬ愚人(光に向かって)

2012.10.04やめよ!やめよ!と突然、早雲は叫んだ なりきる尊さ(光に向かって)

2012.09.06まもなく、若い社員の一人が解雇された 排他は自滅(光に向かって)

2012.09.06猫よりも恩知らずは、だれだ 腹立てぬ秘訣(光に向かって)

2012.08.06人を身なりで判断はできない 一休と門番(光に向かって)

2012.08.06富んでも、昔の貧しさを忘れ、おごるなかれ 岩崎弥太郎とその母(光に向かって)

2012.05.30この娘を美しくないという者があれば、金子千両を出してやろう(光に向かって)

2012.05.30施した恩は思ってはならぬ。受けた恩は忘れてはならない(光に向かって)

2012.04.10己を変えれば、夫も妻も子供もみな変わる(光に向かって)

2012.04.10これへ、その下肥とやらをかけてまいれ、とバカ殿 偶像崇拝(光に向かって)

高森顕徹 公式サイト
関連リンク集